2013年6月14日金曜日

コラム 佐藤洋太が残した言葉


 みんなちゃんとやろうよ─。
 13日、引退を表明した前WBC世界S・フライ級王者の佐藤洋太(協栄)が現役時代、何度も口にしたセリフだ。
 
佐藤洋太。引退会見で
ちゃんとやるってどういうことだ? それは4回戦デビューの選手なら、新人王戦に出場し、6回戦を勝ち上がってA級ボクサーになり、ランカーを下して日本ランキングに入り、チャンピオンに挑んで日本タイトルを獲得し、国内の強豪選手を防衛戦で退け、東洋、世界へ進んでいくとうことだ。そんな当たり前のプロセスをはしょっている選手が増えてはいないだろうか? それが佐藤の言う「みんなちゃんとやろうよ」である。

 当たり前のプロセスを省略すると、世界タイトルマッチが色あせる。それはそうだろう。都道府県大会のない高校野球にだれが感動を覚えるだろうか。サッカーのW杯にも大陸予選があり、国と国の威信をかけた戦いに勝利してW杯の舞台を踏むから価値を感じるのではないか。オリンピックだってまったく同じプロセスだ。金メダルを獲得する選手でも、頂点にたどり着くまでにはいくつものハードルがあり、時には負け寸前という大苦戦も経験するだろう。そうしたすべてをひっくるめての頂点だから、そこに立つものは賞賛を浴びるのだ。

 これが予選抜きで推薦出場みたいなチームや選手がポンと“大舞台”に立ち、試合に勝って「オレが世界一だ!」と胸を張られても困ってしまう。「そう言われてもな~」が正直な気持ちではないだろうか。

 振り返れば佐藤は初めて取材したときから「正当なプロセス」に強いこだわりを持っていたように思う。あれは翁長吾央(大橋)との日本S・フライ級暫定王座決定戦の前だから2010年の4月のことだった。
 
勝利の瞬間、感極まった佐藤。翁長との日本暫定王座決定戦

 アマチュア時代に高校3冠を獲得し、プロでも無敗だった翁長に対し、佐藤はアマでもプロでも特別に注目株というわけではなかった。そのとき佐藤は次のような趣旨のことを語っていた。

 翁長は期待のホープとしてプロでも大事に育てられてきたように思う。対戦相手を見てもマッチメークに厳しさを感じないし、本当にしのぎを削るようなタフな試合を経験していない。自分は負けを経験しているし、ギリギリの試合に競り勝ったこともある。そこの差が試合でも絶対に出るはずだ。

 ふたを開けれ見れば、試合は佐藤の圧勝だった。

 昨年の大みそかに佐藤に敗れた赤穂亮(横浜光)も「ちゃんとやろうよ」の精神の持ち主だ。先日の再起戦後に、こんなことを言っていた。

「すぐにまた世界戦ができるなんて思ってないし、すぐに挑戦できたらおかしい。国内の強豪選手に勝って、みんなが納得するようになって、また世界戦の舞台に立ちたい」

 佐藤や赤穂のようなまっとうな意見を聞くとすごく安心する。大人の事情ってやつで、時にはちゃんとやれないときがあるのも分かる。でも、みんなちゃんとやろうよ。忘れちゃいけない言葉だと思う。(渋谷淳)

0 件のコメント:

コメントを投稿